『咎人と剣士』




さくさんの絵(→こちら)から書かせていただいた短編です。どうぞ絵といっしょにお楽しみください。





こぉん、こぉん、と、鉄底の靴は暗く湿った石廊によく響いた。壁の外で繰り広げられているだろう戦闘音は、ここには届かない。自身の足音だけが響く人気の無い城のなかを、戦士は地下へ地下へ降りていった。 

城の地下には、たいてい監獄がある。例に漏れず備えられていたそこの扉をくぐり、カビや埃、何かの腐ったような臭いに仮面の下で顔をしかめながらその奥を目指せば、戦士が──いや、戦士の仕える王が求めていたモノは、たしかにそこに在った。

わずかな隙間も無く巻かれた包帯と、くちばしのように縫い付けられた呪具。

地下牢にただひとり取り残されていた咎人は、翼をもがれた鳥のような姿をしていた。

異様なそのさまを意に介することもなく、戦士は淡々と告げる。

「我が王の命により、貴様を我が国へ連れて往く。異論は認めぬ。従え」

その問いに、咎人は首を振った。

「私はクランガ・リャンナ《深淵に触れた者》と呼ばれるモノ。私が外を歩けば空気を腐らせましょう。人に触れればその者を殺めましょう。国に属せばその国を滅ぼしましょう。

私は人の身でありながら、ヒトならざるモノに成り果てた罪人。ここで朽ち果てるが似合いでしょう。ゆえにゆえに、捨て置かれよ、外津国の客人よ」

くぐもった声が戦士の鼓膜を揺らす。

散々な脅し文句を、恐ろしいとは不思議と思わなかった。

ただただ、そのかすかに震える声をうつくしいと思った。

「ならば」

戦士が声をあげた。次いで剣を引き抜き、降り下ろす。

耳障りな音を立てて、牢の錠は脆くも壊れ、地に落ちた。

咎人が息を飲んだ、気がした。

牢の扉を開き、戦士は空の手のひらを差しのべ、告げた。

「そのすべてを我が防ごう。然らば問題あるまい」

それはあまりに傲慢な答えだった。

戦士は徒人だ。人智を超える何かをどうこうできるわけがない。

それでも、この咎人をこの暗い監獄から連れ出したかった。

咎人はわらった。──きっと、わらっていた。

「いずれ、そのお言葉を後悔する日が来るでしょう。私を疎ましく思う日が来るでしょう。けれど、それでも私を連れていくというのならば、それまでは、あなたのお側に居りましょう」

そう言って、咎人は差しのべられた戦士の手に頬を寄せた。

分厚い革手袋とみずからの包帯に遮られた接触は、戦士の肌のぬくもりを、その欠片さえ伝えることはなく、けれどたしかにあたたかいと、咎人はそう思った。


──これが、はじまり。

それは、深淵が目を覚ますまでの、小さな奇跡であり、また、大いなる災いへの序曲でもあった。


【end】







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