いつ出会ったのかなんてもう忘れてしまったけれど、
…貴方が、雨のなかで微笑んでいたこと。
寂しそうに微笑っていた、その一瞬だけが、
はたしていくつの時だったか。
遠い、いまではあまりにも遠い記憶です。
子供だったわたしはあの日、
そうして夕暮れに差し掛かり、友人たちにさよならを告げたあと、
雨宿りをしたのは、帰り道にある祠。
中に入れば、
その祠の奥には、美しい造りの狐の石像が置いてあったので、『
そのような場所でひとり、雨宿りをしていたのです。
薄暗く、埃っぽい祠。
屋根を叩く、篠突く雨。
噎せ返りそうなほどに濃い、水に濡れた緑の匂い。
…ひとりぼっちの幼子が泣き出すのも、致し方ないことでしょう。
しゃくりあげて泣き始めたわたしの耳に、
しゃらり、
子供とは存外単純なもので、興味を引かれるものがあれば、
このときのわたしもそうでした。
あまりに美しく儚いその鈴の音に心を惹かれて、
…そこには、えもいわれぬ美しい御方がいらっしゃいました。
男性と云うには線が細く、
そう、捧げているように見えたのです、わたしには。
雨のなかで、大気を抱き寄せ紡ぎ出すように複雑に腕を動かし、
一連の舞が終わる頃には、雨は止んでおりました。
ほのかに光を纏っているようにも見えたその方のまわりでは、
此方を振り返ったあの方の、寂しげな笑顔と共に。
そのあとどうしたかはよく覚えておりません。
あの方に、早く帰りなさいと言われて帰ったような気もするし、
それから何度も『おきつねさまのおうち』に足を運びましたが、
今はもう、その祠の場所も覚えておりません。
ただただ、あの御方の涼しげで寂しそうな切れ長の瞳と、
【雨のひと】
いとおしいという感情を知るのが、
少しばかり遅かったものですから。